鳥取地方裁判所米子支部 昭和41年(ヨ)15号 判決 1966年5月19日
申請人 米子作業労働組合
被申請人 米子作業株式会社
主文
被申請人は、加藤静已、中田武美、松本時正が申請人側の交渉委員として関与することを理由に申請人との団体交渉を拒否してはならない。
訴訟費用は、被申請人の負担とする。
(注、無保証)
事実
(申請の趣旨)
主文同旨の判決を求める。
(申請の理由)
一、申請人は、被申請人の従業員をもつて組織する労働組合で、加藤静已がその執行委員長、中田武美が副委員長、松本時正が書記長である。
二、申請人は、昭和四〇年一一月八日、被申請人に対して年末一時金要求を行い、同月一一日以後ストライキを含む争議行為をまじえて被申請人と交渉した結果、同年一二月二四日交渉が妥結し、争議は終了した。ところが、被申請人は、同月二九日附で加藤静已、中田武美、松本時正の三名に対し、右争議中就業規則違反の行為があつたとして懲戒解雇する旨通告してきた。これに対しては、右三名において昭和四一年一月一二日、鳥取地裁米子支部に地位保全の仮処分申請を行い目下係争中である。
三、ところで、申請人は、昭和四一年一月六日、同月一四日及び同年三月七日の三回にわたり、右組合執行部三役の解雇に関する件、職場人員増加要求の件、残業協定に関する件、チエツクオフに関する件、文書確認に関する件等緊急を要する諸項目を掲げて被申請人に対し団体交渉の申入をしたところ、被申請人は、その都度、右団体交渉の交渉委員中に被解雇者である右組合執行部三役が加わることを理由として団体交渉を拒否した。
右団体交渉の拒否は、何ら正当の理由に基かない不当労働行為である。即ち、従業員資格と組合員資格は全然別個のものであるから、解雇により従業員資格を失つても当然に組合員の資格を失うものではなく、特に、解雇の効力が争われている場合には被解雇者はその結着がつくまで組合員の資格を保有するとしなければならないから、本件において、加藤、中田、松本の三名は、依然として組合役員として組合のために団体交渉をなす権限を有するのであり、右三名を交渉委員に含めることを被申請人が団体交渉拒否の理由にすることは許されない。
四、被申請人は、前記解雇通知後加藤委員長名義による残業協定を否認し、チエツクオフ協定の解約通告を行い、事前協議なしに労働条件の変更を行い、選挙権行使のための欠勤について厳格な手続を強要しているので、前記団体交渉申入書に掲げた諸項目について被申請人と団体交渉する必要があるほか、現在すでに春期ベースアツプ闘争(春闘)の時期を迎えていて、申請人としては被申請人と早急にこれについて団体交渉をする必要にも迫られており、到底本案判決まで待てない状況にある。
なお、昭和四一年四月一九日、申請人が被解雇者三名以外の四名の執行委員を交渉委員として被申請人に対し団体交渉を申入れ、翌二〇日、団体交渉をなした事実はある。しかし、これは、前記のとおり、申請人が春闘その他で緊急に団体交渉をする必要に迫まられているのに、被申請人が被解雇者三名を加える団体交渉には応じないとの態度を変えないため、やむなくとつた処置で、本件仮処分の必要性には何らの消長をもきたすものではない。
(申請の趣旨に対する答弁)
「本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は申請人の負担とする」との判決を求める。
(申請の理由に対する答弁及び主張)
一、申請理由第一項記載事実は認める。但し、加藤、中田、松本が組合役員の地位にあつたのは、昭和四〇年一二月二九日までである。
二、申請理由第二項記載事実は認める。但し、解雇理由は、申請人主張の争議期間内における就業規則違反のみにとどまらず、それ以前からの長期にわたる非行の累積に基くものである。
三、同第三項について。申請人からその主張のような団体交渉の申入れがあつたことは認める。しかし、被申請人は、右団体交渉の申入れ自体を拒否したことはない。即ち、昭和四一年一月七日、申請人側の執行委員等が団体交渉の打合せにきたので、被申請人側は、被解雇者である加藤、中田、松本三名との事前協議は断るが、三名以外の執行委員とならば、事前協議のうえ団体交渉に応ずる旨明言している。又、同月一四日にも申請人から団体交渉申入書の呈示をうけたが、右申入書が被解雇者である加藤委員長名義であつたのと、被申請人側の専務、常務、担当部長が不在であつたことから、そのままこれを申請人に返還したにすぎない。次に、同年三月七日、六者共闘議長平田賢名義で団体交渉の申入書が提出されたが、被申請人が事前協議は受けるが被解雇者三名を交渉委員に加えないように要望したところ、右平田は評議するからと言つて辞去したまま何らの回答、申出もないのであつて、右も団体交渉の拒否ではない。但しいずれの場合も、団体交渉において右三名が加わるならば被申請人はこれに応ずるつもりはなかつた。
被申請人において、加藤、中田、松本三名が交渉委員として加わる事前協議を拒絶したのは次の二つの理由からである。即ち、(一)、右三名は解雇により会社の従業員の身分を失うとともに、申請人組合の組合員資格をも失つたものであるから、申請人の代表者として被申請人と団体交渉する権限を有しないこと。(二)、右三名は従来から暴動、暴言癖があつて、ことに現今は前記解雇処分にいきりたち事毎に会社に対抗しているので、これらの者を事前協議或いは団体交渉に参加させれば交渉が混乱に陥ることが明らかなこと。
四、同第四項について。(一)、申請人の団体交渉申入書に掲げている諸項目はいずれも緊急を要する事項とは言い難い。(二)、春闘の時期がきていることは争わないが、これについての団体交渉は被解雇者を除いた執行委員五名を交渉委員とすれば、被申請人はいつでも応ずる用意があるから、本件の如き仮処分を発する緊急の必要性は有しない。(三)、昭和四一年四月一九日申請人から被解雇者三名以外の四名の執行委員を交渉委員とする団体交渉を申入れてきたので、被申請人は直ちにこれに応じ、翌二〇日に第一回の団体交渉がなされ、引続き団体交渉を重ねようとしている。この事実は、申請人において、是非とも被解雇者三名を交渉委員に加えなければならない必要性が有しないことを申請人自身認めたことにほかならない。
(証拠省略)
理由
(当事者間に争いのない事実)
(一)、申請人が被申請人の従業員をもつて組織する労働組合で、少くとも昭和四〇年一二月二九日までは、加藤静已が執行委員長、中田武美が副委員長、松本時正が書記長の地位にあつたこと、昭和四〇年一二月二九日、被申請人から右加藤、中田、松本の三名に対し、就業規則違反を理由に懲戒解雇の通告がなされたこと、右解雇処分に対し、右三名が昭和四一年一月一二日、鳥取地裁米子支部に地位保全の仮処分申請をなし目下係争中であること、同月六日頃、同月一四日及び同年三月七日の三回にわたり申請人から被申請人に対し団体交渉の申入がなされたこと。以上の事実は当事者間に争いがない。
(二)、被申請人は、右団体交渉申入れに対しては、申入書が加藤委員長名義であつたためこれをそのまま返戻し、或いは、被解雇者三名を交渉委員に加えていたからこの者との事前協議を断つたにすぎない旨陳述するが、団体交渉申入書を返戻したことが団体交渉申入の拒否であることは明らかであり、又、事前協議を右のような理由で拒否したことが必然的に本来の団体交渉を同じ理由で拒否することにつながることは見易い道理であつて、被申請人もこのことを自認しているのであるから、被申請人の右陳述の趣旨は、結局、被申請人は、申請人の右三回の団体交渉申入に対し、その交渉委員に被解雇者である加藤、中田、松本が加わつていることを理由としてこれを拒否したというに帰着するものといわねばならない。
(被保全権利について)
労働者の団体交渉申入に対しては使用者はこれを拒否する正当な理由のないかぎりこれに応ずべき義務があるが、本件において、被申請人は、団体交渉拒否の理由として前記のとおり二つの理由を挙げているので、これが果して正当と認めうるものか否かを検討する。
先ず、加藤、中田、松本の三名が本件解雇により申請人の組合員たる資格をも失つたかどうかの点について考える。組合員資格と従業員資格は本来別個のものであり、両者が相伴うことは必ずしも必要ではないが、本件においては、証人松本時正の証言によつて成立を認める疏甲第四号証によれば、申請人の組合規約第二条において、「本組合は米子作業従業員で組織する。」と規定していることが認められるので、これをいかに解すべきかが問題となる。労働組合規約は、労働組合の社団としての内部組織に関する自主規範たる性質を有し、組合の機関はこれに羈束されるから、規約中に右のような定めがある場合には、組合執行部はもとより、組合員大会においてさえもこれを無視して非従業員を組合員とすることは許されないけれども、組合員が解雇によつて従業員の資格を失つた場合は別途に考える余地がある。けだし、被解雇者が解雇を承認しているときは問題がないとしても、被解雇者が解雇を不当として争つている場合には、まさにそのときこそその者が組合員として組合の保護を受ける最も大きな必要があるわけであるし、労働組合としても、組合員の解雇を不当と判断する場合に、前記のような規約の定めがあるからといつて被解雇者の組合員資格を否定することはいわば自縛行為であつて労働組合の存立目的に反する結果になるからである。従つて、解雇の場合に関しては、前記の組合規約の条項は、組合規約の自主的、内部的規範たる性質に鑑み、合目的的に、解雇の効力に関する争いに結着がつくまでは被解雇者を組合員として扱う趣旨を含むものと解するのが相当である。そうすると、加藤、中田、松本の三名は、前記解雇にかかわらずなお組合員の資格を保有しており、従つて、依然として加藤は執行委員長、中田は副委員長、松本は書記長としての地位にあることになる。そして、右の如き組合執行部の役員は職責上当然に組合のために使用者と団体交渉をなす権限を有すると考えられるので、結局、右三名が交渉委員として加わることは、被申請人において団体交渉を拒否する正当の事由にならない。
次に、加藤、中田、松本の三名が暴動、暴言癖があり、団体交渉を混乱させる危険があるとの点については、証人足立清二の証言その他本件全証拠によつても右の者にそのような性癖があり、団体交渉に関与させると交渉が混乱に陥る明白な危険があることを認めるに足りない。
そうすると、結局、被申請人は、何ら正当の理由がないのに申請人に対し、加藤等被解雇者三名が交渉委員として関与することを理由として団体交渉を拒否するものであつて、申請人の有する団体交渉権を違法に侵害するものといわねばならない。
(仮処分の必要性について)
申請人の前記団体交渉申入において、加藤等三名の解雇処分の撤回、職場人員増加要求、チエツクオフ協定の解約申入、協定の文書確認等に関する諸事項が交渉事項として掲げられていることは当事者間に争いがなく、証人松本時正の証言及びこれによつて成立を認める疏甲第八及び第一〇号証によると、昭和四一年一月二〇日の日傭者一一名の契約打切りにより米子作業の職場において人員不足のため従業員の労働条件が悪化していること、昭和四〇年の団体交渉により一応協定に達した職場固定、出来高給廃止についての残された問題につき文書による確認が未だにできていないため、組合側に不安感があることが認められ、成立に争いのない疏甲第七号証によると、チエツクオフに関する協約につき昭和四一年二月一四日被申請人が申請人に対し解約通告を行い、右解約は、同年五月二〇日にその効力を生ずることが認められ、又、成立に争いのない疏甲第一三号証によると、昭和四一年四月九日申請人から被申請人に対し、いわゆる春闘の一環としてベースアツプ等労働条件の改善要求書が提出されたことが認められる。
以上によれば右交渉事項は、いずれも早急に申請人と被申請人間の団体交渉により解決さるべき必要に迫られている事柄であつて、申請人において、到底、本案判決確定まで解決を遷延することのできないものであることが明らかである。
なお被申請人は、本件仮処分を発する緊急の必要性がないとしてその事情を種々主張するので判断を加える。先ず、事実摘示中(申請の理由に対する答弁及び主張)四、(二)の点についてであるが、団体交渉において何人を交渉委員とするかは労働組合の自主判断に委ねられるべき事柄であるから、仮処分の必要性を判断するにさいしても、右の事項に関しては特段の事情のない限り組合の決定した意見を尊重すべきものと考えられるし、本件においては、加藤、中田、松本の三名が申請人組合執行部においてそれぞれ委員長、副委員長、書記長という枢要の地位にあり、証人松本時正、同山本岑夫の各証言により認められるように事実上も団体交渉における申請人側の交渉委員の陣容中最も有力なメンバーを構成していた事実からしても、申請人が右三名を交渉委員に加える十分な理由があると考えられる。次に、同四の(三)の点についてであるが、昭和四一年四月一九日申請人から被申請人に対し、被解雇者三名を除くその余の執行委員を交渉委員とする団体交渉の申入がなされ、被申請人がこれに応じ、翌二〇日団体交渉が行われたことは当事者間に争いがない。しかし、証人山本岑夫の証言によると、申請人としては、前記の春闘やチエツクオフ等の緊急事項につき、被申請人と早急に団体交渉を行う必要に迫られ、本件仮処分の発令さえも待てない状況に追い込まれたが、被申請人において、被解雇者三名の加わる団体交渉拒否の態度が依然として変らないため、やむをえず、不都合、不利益を忍んで、暫定的に右三名を除外した残りの執行委員を交渉委員として団体交渉を申入れたもので、被解雇者三名を団体交渉の交渉委員に加えるという申請人の基本的態度そのものは何ら変つていないことが認められるから、前記のような団体交渉の申入の事実は本件仮処分の必要性を何ら減少させるものではないといわねばならない。
(結論)
以上の次第で、申請人の本件仮処分申請は理由があるものと認めてこれを許容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 高橋正之 荒木恒平 坂元和夫)